生き物を愛し、愛されてきたムツゴロウさんこと、畑正憲さん。4月5日、87歳で心筋梗塞のため死去した。財界さっぽろが発刊する北海道の犬情報誌「わんハート」では、ムツゴロウさんが84歳のときに、北海道標津郡中標津町の自宅で取材した。「動物と生きる」と決めた経緯やその心を開く術、今後の展望や死生観について語った記事を再録する。
昔から生きているものすべてに興味がある
――お会いできて光栄です。現在、おいくつになられましたか?
ムツゴロウ(以下ムツ)84歳になりました。身体の自由は利かないし、馬にも乗れないから嫌になっちゃいますよ。いまは東京の事務所と往き来しているけど、こっち(中標津)にいることが多いかな。もうそろそろ、いい空気を吸って静養したいですからね。
――最近はどのようなご活動を?
ムツ 週刊誌の執筆なんかがメーン。これまで明かせなかった、動物との恥ずかしい話なんかを書いていますよ。
いま僕が一緒に暮らしている犬は、ルナ(バーニーズマウンテンドッグ)だけ。家庭の事情で飼育が難しくなった知人から、譲り受けました。やっぱり犬と僕は、縁が切れないなぁ。娘(明日美さん)夫婦も近くに住んでいて、そこにはトイプードルが2匹。馬も飼育しています。
――テレビ番組「ムツゴロウとゆかいな仲間たち」では21年間、世界中で数えきれないほどの動物と出会いました。
ムツ 僕は福岡生まれの満州育ち。狼と犬のハーフを飼ったり、幼少期から動物に囲まれて暮らしました。父が医者だったから、2間しかないオンボロ小屋に、いろんな患者が駆け込むわけ。僕は隣で産声も断末魔も聞かざるをえない。それから生きているものすべてに興味を持ちましたね。勉強が苦じゃなかったから、とにかくいろんな本を読みました。東京大学で動物学を専攻して、この先の人生、やっぱり動物と離れたくないなぁと。
――そして動物研究家、ノンフィクション作家になられた。
ムツ 僕はそもそもね〝犬をつないで飼いたくない〟という想いが原点にあって。それを実現するため、1971年に東京を離れて、浜中町にある無人島「嶮暮帰島」で暮らしたんですよ。野生ヒグマのどんべえと共生したのもこの頃です。当時まだ子どもだった娘にも、もっと深く生命に触れさせる必要があったから。翌年、浜中町に移住し、45町歩(約450万平方メートル)の「ムツゴロウ動物王国」を開国しました。犬は自由に走り、ほかにもさまざまな動物がいました。
命を救った秋田犬は僕の血も舐めた
――ヒグマといえば、今年札幌市街に出没し、駆除せざるをえない状況になりました。
ムツ 人だけで暮らすとなると、そうなるよね。昔は人が暮らすところに、必ず犬がいた。犬ほど人に対してパートナー性の強い動物はいませんよ。例えばヒグマがやってきたら、犬が追っ払ってくれるわけです。もしそれで喰われてしまっても、犬は命を張って戦ったんだから。その犬が不幸だとは僕は思わないな。
――たくさんの動物と暮らしてきたムツゴロウさん。看取る機会も多かったのでは。
ムツ いいもんですよ~。そこでも、あそこでも(自宅リビングの隅を指して)看取ってきた。彼らの方が寿命が短い以上、死に立ち合うのは自然なこと。僕にはペットロスというのが理解できない。意味のないことなんか、起きないんだから。
――印象に残っている犬とのエピソードを教えてください。
ムツ 僕が32歳のとき、一番の愛犬のグルっていう子がいてね。あるとき、無人島で薄氷の張った海にボシャンって落ちちゃったんですよ。僕をジーッと見て、助けてって目で訴えている。だから引っ張り上げて、おんぶして帰ったわけ。そしたら、そのおんぶが嬉しかったんでしょうねぇ。僕と2人きりになると、決まっておんぶをねだるようになった。僕が胃の調子を悪くして、吐血したときのこと。僕は女房に心配かけたくなかったから、血なんて見せたくない。そうするとグルが、血をペロペロ舐めて掃除するわけですよ。
「そんなにうまいのか!」と言って僕も舐めてみたら、苦くてとても舐められたもんじゃない。さらに仕事中、書斎のストーブの調子が悪く、一酸化炭素中毒になりかけたことがありました。そのときも、床に寝込んだ僕のところにグルが飛んできて、顔を舐めて元気づけ、ドアまでズルズル運んでくれた。グルに命を救われたわけです。そのほかにも僕は〝犬と人との奇跡〟を山ほど見たり聞いたりしてきました。飼い主が困っていると、犬は助けようとか、心配する素晴らしい動物。そういう感動をいつも感じてきたのがムツゴロウ動物王国でした。
「よーしよしよし」で動物と人は一つになる
――ムツゴロウさんといえば、動物に対する「よーしよしよし」という優しい掛け声が印象的です。どのような意味があるのでしょうか。
ムツ (筆者の手に触れて)はい、いまキミは幸せになったでしょう。優しく触れて「よしよし」と声をかけたら、動物の心には「警戒しないでいいよ」「キミが好きだよ」と届くもの。そしたら脳内にオキシトシン(幸せホルモン)が流れる。動物に触れるとき、恐怖心とか邪心があってはいけない。動物は心を見抜きますからね。心を〝空の空〟にして、あらゆるところに触れる。肉球を触らせてくれたら、信頼してくれた証。みんな母親を慕う子どものようになるんですよ。30分も一緒にいれば、もう僕のもの(笑)。噛まれたりなんだりってこともあるけど、違う種の生き物が触れあうんだから、そういう事故が起こったって仕方ない。できるだけ少ないほうがいいけど、深くは考えていませんよ。
――人間も動物に触れると、幸せな気持ちになりますよね。
ムツ そう。いまは社会に馴染めない人間を「グレーゾーン」なんて一括りにしたりするけど、そもそも動物に触れたこともない人間が、人間同士うまくいくとは僕は思えない。動物と人を区別する根底が良くないと思いますね。他者との違いを知り、生きとしいけるものと共存していくことを理解しなければ。以前、知人に心を病んでいるという高校生の男の子を紹介されましてね。「ムツ牧場」に住み込みし、毎日馬のそばで暮らしてもらいました。約1カ月、馬小屋掃除に精を出して生活すると、彼は生まれ変わったように「おはようございます!」と元気に挨拶できるようになりました。いまでは弁護士をしていますよ。
まだまだ夢の途中でも、いつ死んでもいい
――今後の展望を教えてください。
ムツ 2年前に心筋梗塞で倒れ、一時は意識不明になりました。僕にあとどれだけの時間が残されているかはわからないけど、最後に犬のことをまとめた本を完成させたいと思っています。娘の力も借りてね。いま暮らしている中標津は、自然に囲まれたいいところですが、動物と暮らす楽園にはまだまだほど遠い。馬に乗って買い物しに行ったり、店に馬をつなぐロープフックなんかができれば…と夢を馳せてしまいます。一方で、いつ死んでもいいと思っている自分がいてね。最期はジャングルで野垂れ死に、動物やアリに喰われて生を全うしたい。いずれにしても、この歳まで好きなことをして生きてこられたのは、私の人生に、いつも動物がいたからじゃないでしょうかね。
動物好きにとってのレジェンド・ムツゴロウさんのご冥福を、心からお祈り申し上げます。あの笑顔で、虹の橋を渡ったたくさんの動物と再会し「よーしよしよし」と愛でられていますように。私たちに動物のあらゆる魅力を教えてくれて、本当にありがとうございました。