ある日突然「行ってきます」と家を出たパートナーが失踪し、残されたボルゾイ5頭、パピヨン3頭と路頭に迷った女性がいる。犬たちのために出した答えは「里親に出す」ことだった。
自家繁殖も経験したボルゾイファミリー
SNSで「犬」や「猫」と検索すると、たちまち目に飛び込んでくる「多頭飼育崩壊」や「里親募集」の文字。あくまで一部の人間がしていることで、犬や猫と暮らす大半の人々は、終生飼育を遵守している。
犬や猫を手放す理由は人それぞれ。しかし、その理由はどれも人間の都合によるものと言えるだろう。
「こんなはずじゃなかった」と肩を落とすのは、札幌市に住む佐藤さん(女性・50歳)。佐藤さんは昨年10月末まで、ボルゾイ5頭とパピヨン3頭、そしてパートナーのHさんと暮らしていた。
佐藤さんは10年前にご主人と死別。約7年前にHさんと知り合い、内縁関係を続けてきたという。
佐藤さんは先天性の視野障害のため、生まれたときから左目の視力のみで生活してきた。また「下垂体性成長ホルモン分泌亢進症」という難病も抱え、現在も化学療法を続けている。
「私は犬が大好き。もともとパピヨン3頭と暮らしていましたが、Hと暮らすようになり、彼が『ボルゾイを飼いたい』と望んだことから、ファイン(♂・6歳)を迎えました」と佐藤さんは話す(以降「」内全て佐藤さん)
ボルゾイといえば、平均体重30kgを超える大型犬。ロシア語で「俊敏」を意味する犬種名通り、昔はオオカミ狩りの猟犬として貴族に飼われていた。
ファインが家族になった翌年、キーラ(♀・5歳)を迎え、つがいでの飼育が始まった。「子どもを生ませたい」という想いから、避妊や去勢はしなかった。
2歳で妊娠したキーラは7頭の子を産み、4頭は里親へ。3頭はオーシャン(♂)、リブ(♀)、レアル(♂)(※すべて3歳)と名づけられ、佐藤さん宅で「ボルゾイファミリー」として暮らすことになった。
「自分の障がいやボルゾイという犬種も踏まえ、決して人様にご迷惑をおかけする犬にしてはいけないと思いました。大型犬や警察犬も訓練するトレーナーに依頼し、『ツケ』『マテ』『スワレ』など、基本的なトレーニングをしてもらいました」
ボルゾイ5頭はHさんが引き連れ、パピヨン3頭はカートに乗り、佐藤さんが押し歩くのがいつものスタイルだった。
「ペットショップやイベント会場だけでなく、公園へ散歩に行くだけでも「すごい!ボルゾイが5頭もいる」と多くの人が寄ってきました。犬界の〝嵐〟ではないですが(笑)、みな珍しがり、記念撮影されることもしょっちゅう。テレビや雑誌など、メディアでも多数取り上げられてきました」
いつまでもこのまま、楽しいドッグライフを過ごしていけると思っていたという。
パートナーの失踪、残された犬たち
昨年10月28日、これまでの暮らしが一変する出来事が起きた。
「パピヨンのラブの具合が悪くなり、HにLINEしたところ、一向に既読がつかない。電話も出ないし、いつもの時間になっても帰宅しません。不思議に思って外へ出ると、通勤で乗って行ったはずの車がそこにありました。鍵はかかっておらず、車内には彼のスマホや家の鍵などが置き去りにされていました」
《家出》の2文字が頭をよぎった佐藤さんは、Hさんの職場に連絡。返ってきた言葉は「1カ月前に退職している」という思いもよらないものだった。
「Hは以前にも姿を消したことがあり、人として少し問題のある人でした。住んでいた家はHの社宅だったため、私と犬たちは、10月中に退去を強いられました。Hの失踪よりも、まず犬たちをどうしよう……と。そのことばかりで動揺しました」
急遽2~3日で引越しの準備をし、佐藤さんはひとまず、自身の実家へ身を寄せた。小型犬のパピヨン3頭は同居できたが、さすがにボルゾイ5頭を家に上げるのは難しく、しばしハイエースで過ごすことになった犬もいた。
「自分のことはどうでもいい。ただどう考えても、このままでは犬たちをダメにしてしまう。散歩やお出かけなど、当たり前にしてきた日常が、私一人では実現できません。経済的にも体力的にも、限界を感じました。無力なママでごめんね……と謝りながら、ボルゾイたちの里親募集を始めました」
同じボルゾイと暮らす飼い主を中心に呼びかけたところ、11月20日にはレアル以外、4頭の行き先が決まった。
「里親さんたちはみな状況を理解してくれ、犬を見ては口々に『大事にされてきたのがわかる』とおっしゃってくれました。みな安心して託せる、温かい人たちばかりです。頻繁に写真やムービーを送って、近況を伝えてくれます」
そんな中、悲しい別れが立て続けにやってきた。11月3日にパピヨンのラブ(享年11)が、27日に同じくパピヨンのステイ(享年12)が旅立ってしまった。
キャパは超えていたが、幸せだった
現在は居を構え、ボルゾイのレアルとパピヨンのピースと暮らす佐藤さん。8頭と2人のにぎやかだった家庭は、ガラリと一変した。
佐藤さんが現在の心境を語る。
「いまでもあの子たちのことを考えない日はありません。会いたい気持ちはありますが、里心がついてはいけないので、グッとこらえる日々です。この悲しい離別を経て感じたこと、学んだことはたくさんあります。私は犬が飼えなくなってしまうことは〝誰にでも起きうる〟と感じました。
私のように、パートナーや家族の誰かと暮らして犬を飼っている人はたくさんいると思います。私のケースは特殊だと思いますが、ある日突然、パートナーが事故や何かで亡くなってしまったら?これまでの経済力や犬へのケアが継続できなくなってしまったら?一人暮らしの方の場合は、途端に犬だけが取り残されてしまいます。そういう事態になったときのことを考えている人って、一体どれぐらいいるのでしょうか」
「ファインとキーラの子を残せたことに、後悔はありません。ただこうなってしまった以上、多頭飼育への考えが安易だったと反省しています。経済力や環境、自分の年齢や体力など、キャパを超えていたと認めざるをえません。
それでも犬たちは私に、たくさんの幸せをくれました。彼らが運んできてくれた出会いは人生の宝で、今の私があります。離れていても、みんな私の大切な子どもたち。ずっと愛しています」